武田泰淳「甘い商売」
吉川冬次がサイパン島についたとき、N拓殖とM殖産の駐在員の出迎えはなく、集まってきたのは、痩せ衰えた日本人たちであった。夜になると宿舎の窓をこえて、奇妙な歌声が流れてくる。それは陰気で暗澹たるメロディだった。会社に対する怨みつらみ、やけくそな大声、哀れをさそう小声。自嘲の思いもまじっていた。「XXよく聴け、お前の末は、サイパンあたりで、のたれ死に」 やらなきゃならないと吉川は思った。彼らをどん底から救い出すためにも、失敗することだけはどうしてもできんぞ。
- 作者: 武田泰淳
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2000/08/17
- メディア: 文庫
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仕事の失敗とフォローの欠如が、人間をひどく荒んだものにしてしまいました。暴動を起こすほどの元気もなく、彼らは完全に人生を諦めています。国へ帰る術もなく、生きる道も見えないので、宿舎の中で「お前の末は〜」と歌います。彼らは吉川の活躍により外気を吸いますが、穴倉に慣れてしまったのか、すぐにそこへと戻ってしまう。読者も彼らを思うと暗澹たる気持ちになりますが、しかし、主人公の吉川は明るいのです。うまく行っても行かなくても、ユーモアすらあります。この理由は単なる強がりか、それとも楽観的な自信なのか。その人間的魅力に引きつけられたからこそ、八木は最後の行動をとったのでしょう。私なら・・・どうかなぁ、出来るかなあ。「肉のロープ」の場面は、これぞ武田泰淳!といったところです。
「すると、彼らをひどい目に遭わせた、その同じ道だけが彼らを救えると言うわけですか」