2004-03-01から1ヶ月間の記事一覧
島村章は、軍の眼科主任である。診断書が軍部に無視され、将校のビンタによって「仮病だったことが告白される」という日々の中、ある日、彼はこれまで報告例のない症状に気がついた。戦況を忘れさせる研究者としての興奮。だが、患者たちはその原因について…
日本の敗戦を知ったその日、絶望に「死のう」と決意したとき以来のことです。どこかからトカトントンという音が聞こえてきたとたんに、私は感情を失ってしまうのです。トカトントン、仕事中にもトカトントン、デート中にもトカトントン。とたんにこんなこと…
「足の医者」を誓った赤城先生は、雨ニモマケズ風ニモマケズ、私生活を犠牲にして人々のために町中を走り回っていた。だが、あるとき妙なことに気がついた。診る患者のすべての肝臓が腫れているのだ。伝染性肝臓病だろう。だが、町の人々は先生を肝臓医者と…
ひろ子の父親は仕事をしたりしなかったりで、家族を怒鳴り散らして過ごしていた。ある日、彼はひろ子へ向かって、遠い場所にあるキャラメル工場での仕事をつたえた。工場の名が知れていたので、気が向いたにすぎなかった。ひろ子は次の日からしょぼしょぼと…
連日連夜の飲み会により、とうとう酒樽が空になった。酒の主・音無家からもらってくるさ!と僕は気軽に請合うが、どうやらもう貸しは作れないらしい。せっかくみんなで貯めた金銭も、立て替え代金以上にはならないようだ。音無の奴め。・・・よし、攻め入ろ…
異色作家・三枝庄吉の主人公は、常に自分自身である。彼の作品は一種の詩で、夢幻のごとくありながら、即物的な現実性を持っていた。しかし今や――彼は自分を見つめる鬼の目を失っていた。架空の空間に根を張ったため、作品は育たなくなっていた。妻との喧嘩…
小樽で教師をしていた私は、中央で続々と生れる若い詩人たちに、嫉妬と焦りを感じていた。発表欲が出てきていた私は、詩壇のドングリの末席にでも加わりたかったのである。冬になり、完成した自費出版の詩集を150名ほどの詩人に送ることにした。行為の意味を…
佐野次郎こと私は、シューベルトに化け損ねた狐のような男である馬場と出会った。親しくなったとき、彼は一冊の本を出版しないか、と持ちかけてきた。そうして集まったのは、絢爛たる美貌と貧弱な体を持つ絵描きの佐竹、そして、作家の太宰治という男。走れ…
「何?え?カメレオン?え?カメレオンじゃないか。生きてるの?」教師の私は、生徒がもってきたカメレオンを飼うことになった。この動物を前にして、私は熱帯や異国への思いが蘇ってくるのを感じた・・・が、回顧的になるのは衰弱の証拠だ、と人は言う。み…
老女・きんの元へ、かつて愛した男・田部が訪ねてくることになった。「別れたあの時よりも若やいでいなければならない」――。自分の老いを感じさせては敗北である。たっぷりと時間をかけて、念入りに身支度を整える。わずかな期待を抱きつつ・・・。晩菊・水…
肉体に異常な欠陥を持ちコンプレックスに悩む町子は、生活を保障してくれる夫と、1人の女として遇してくれる光雄との間であぶない橋を渡っていた。ところが光雄という男は人間性を持っておらず、感情ではなくテクニックだけで生活する男であったのだ。それで…
理論のない同志たちに呆れながらも、私はいつしか共産党のN地区代表にまで上り詰めた。だが、そのポジションから見えたものは、旧体制によって行われた恐喝まがいの行為であった。そして党員たちの利己的な生き方であった。各々が「自分が一番の善人」と信じ…
妻には私が書くデカダンでエロチックな小説は嫌われているが、それでも稼ぎが多ければ認められることだろう。思い出の中にも、そこいらにも小説のネタは転がっている。だが、それを書く私のスタイルが昔のままなのだ。変わらなければならない。激変した大阪…
全く僕はどうかしてしまったのだ。まるでこの宿に百年もいるような気がするのだ。自分が追われているという切実感もない。ここは永劫の牢獄である。しかも僕はいつまでここにいるのかも判らない。そしてなぜか僕はここの住人との関係がうまくいかないのだ。…
対岸は相変わらず同じところから出火しており、もはや消火する気力を失ったようである。確実に敗北と死が迫っている。なぜだ。なぜ、私はここで死ななければならないんだ。日本は私に何をしてくれたのだ。この桜島は私の青春にどういう意味を持つんだ。私は…
ひとのいう、(たいへんな女)と同棲して、一年あまり、その間に、何度、逃げようと思ったかしれない。彼女はかつて売春婦であった。私は妻と4人の子供を持つが、桂子との関係において、はじめて愛を知ったといっていい。桂子はうそつきで、でたらめで、強欲…