田中英光

田中英光「桑名古庵」

桑名古庵は、土佐における最初のヤソ教信者とされているが、この情報はだいぶ怪しい。むしろ彼の生涯の方に封建社会の犠牲者としてのはっきりした栄誉があると思う。白髪が増えてゆく母、一人立ちして医者になる古庵、それぞれに生きる兄弟たち、そしてキリ…

田中英光「地下室から」

理論のない同志たちに呆れながらも、私はいつしか共産党のN地区代表にまで上り詰めた。だが、そのポジションから見えたものは、旧体制によって行われた恐喝まがいの行為であった。そして党員たちの利己的な生き方であった。各々が「自分が一番の善人」と信じ…

田中英光「野狐」

ひとのいう、(たいへんな女)と同棲して、一年あまり、その間に、何度、逃げようと思ったかしれない。彼女はかつて売春婦であった。私は妻と4人の子供を持つが、桂子との関係において、はじめて愛を知ったといっていい。桂子はうそつきで、でたらめで、強欲…