田中英光「地下室から」

 理論のない同志たちに呆れながらも、私はいつしか共産党のN地区代表にまで上り詰めた。だが、そのポジションから見えたものは、旧体制によって行われた恐喝まがいの行為であった。そして党員たちの利己的な生き方であった。各々が「自分が一番の善人」と信じている人間たち・・・その間を奔走するうち、いつしか私の心には虚しさが芽生える。

 夢と理想を求めて入党した主人公が、その内情を知って唖然絶望。理想が高く、純粋だった分だけ、落ちる角度は急になります。青春を必死に駆けて掴んだものは、結局、横並びでは満足しきれない人間の弱さであった――そんな自嘲がヤケ気味に語られます。ハイライトの「食糧危機突破市民大会」のエキセントリックな描写は、もはやコメディの域に達しています。
 政治絡みの面白い意見も多数ありますが、特に「政策をマジメに訴えるだけでなく、心理学的なアプローチを試みなければ大衆はソッポを向いてしまう」という言葉は、この国では未だ達成されていないのではないでしょうか。現在との対比も楽しめる、鋭く、好感が持てる政治小説です。
 共産党に特化していますが、難解な論争シーンがあるわけではないので、一般的な政治小説として、面白く読むことが出来るはずです。

 私たちはやたらに官庁にかみつき、民衆を扇動する、しかしそれから、どこに民衆をつれてゆくか、その点の見当がまるでつかないのであった。

 熱心にこちらを見つめている者はほんの一割で、例により大部分がよそ見をしたり、雑談をしたり、地面に座ったり、うずくまったりしている。こうした自覚のない大衆はただ強力な指導者の意のままに動く。(略) だからこうした日本人たちは、万一、第二の東条式の力が現われ、戦争に駆りたてるなら、熱狂したり、呆然としたり、さまざまな態度はあっても、国民の反戦的な結合はなく、バラバラの気持で再び戦場に送られるだろう。