2005-05-01から1ヶ月間の記事一覧

野坂昭如「マッチ売りの少女」

木枯しに身ふるわせて、マッチ一つすっては股のぬくもりをむさぼっている。タオルの寝巻きに泥と脂にまみれた半天一枚、半分坊主のざんばら髪に、頬はげっそり、姿かたちは五十過ぎ、けれども実はまだ二十四歳。「お父ちゃんお父ちゃん」とちいさくさけんで…

獅子文六「てんやわんや」

私は犬丸順吉、29歳。謙遜ではなく、平凡な人間であり、そして全てによく服従する。それが私の性格であり処世の術である――。影で愚痴っても面と向かっては何も言えない、サラリーマン的悲哀を見せる主人公が、敗戦直後の1年間をいかに過ごしたかを生真面目(…

埴谷雄高「意識」

不整な脈拍が止まった後、再び動き出した鼓動を聞いても、私は安堵の気持ちはかけらほどしか持てず、生の単調さを悟ってしまった感がある。鼓動が停止したときに、私は絶望と愉悦を感じるのだろう。だが、いまは駄目なのだ。私は、蹴飛ばした小石が転がる方…