野坂昭如「マッチ売りの少女」

 木枯しに身ふるわせて、マッチ一つすっては股のぬくもりをむさぼっている。タオルの寝巻きに泥と脂にまみれた半天一枚、半分坊主のざんばら髪に、頬はげっそり、姿かたちは五十過ぎ、けれども実はまだ二十四歳。「お父ちゃんお父ちゃん」とちいさくさけんでは男の胸にすがりつく、お安の転落は中学三年の七月、新しくきた父に、後から抱きすくめられたときからはじまる。

マッチ売りの少女 (1977年)

マッチ売りの少女 (1977年)

 ほとんど心理面の手がつけられないまま、スピーディーに語り飛ばされる、ある女の転落物語。18禁描写のドギついリアリティも、お安の心を覚醒させることはできません。それでも都市は非情であり、残酷な運命を彼女に与え続けます。彼女はここでは生きられないのですが、それに本人が気づきません。お安には「尋ねる人」あるいは「示す人」がいなかった、ということでしょうか。最後に与えられるのは、神である作者の慈悲。残酷で悲しい話です。

 ドヤ街を抜けて、三角公園の、まばらに生える木立ちの根方に、お安はしょんぼりと立ち、だがその姿、まるで何年も住みついたお化けのように、形がきまった。