武田泰淳「歯車」

速水兄弟こそは本当の天才でした。兄の勘太郎さんには経営の才が、弟の勉次さんには職人の腕があった。だが私の拝見したところ、真の仕事の神様、発明の天才は弟さんの方だった。御ふたりの智能が歯車のように噛みあって、会社は大きくなったと世間一般は考えている。しかし、いくら兄弟とはいえ何の問題もなかったわけではない。否、はじめっから兄さんの方で速度を調節していたのであって、小さな危険はヒョイヒョイあらわれていたのです。

士魂商才 (岩波現代文庫)

士魂商才 (岩波現代文庫)

 天才兄弟による工作機械の会社は、またたくまに大きくなりました。しかし、経営というものに全く興味がない弟は、次第に扱いにくい存在になってしまいます。小規模な会社であるうちはいいのですが、大きくなって関わる人間が増えてくると、そうした尖がった人間が活躍できる場は少なくなります。兄のコントロールにより、弟の命は長引きますが・・・。天才は研究室でこそ輝きますが、いわゆる共同体、社会生活には向かないもの。そうしたセオリーと同じ道を、この兄弟も行きます。