2004-10-01から1ヶ月間の記事一覧

石川淳「小公子」

酔いどれどもが去ったあとに残った客は、若い男ただひとり。主人が「あなたはむかしお見かけたような」と声をかけると、客は「ぼくの生活は明日だけだ。きのうや、きょうのことは、もうおぼえが無い」と答えた。おやじが「また明日きてくれ。きょうの勘定は…

石川淳「曾呂利咄」

奉行石田光成来訪の知らせに、はてと立ち上がった曾呂利新左衛門、これは知部殿と盃あげるが、いや、今宵人知れず参ったのはそなたの智慧を拝借するためだ、まず聴け、と語ったところによれば酒樽が不思議な盗まれ方をするといい、そなたの器量にぜひ頼む、…

吉行淳之介「手鞠」

かつてたびたび肌を合わせた女に声をかけられたとき、彼は思わず雑沓にまぎれこむ姿勢になった。この女に対して逃げ隠れする理由も、彼はもっていないのに――。彼と友人の男は、女の後をついて、街の裏側へと歩み込んでいく。はじめてその種のことを経験した…

石川淳「アルプスの少女」

クララはハイジのはげましのおかげで、立ち上がることが出来るようになった。歩くことが出来るようになったクララに、牧場の生活に気に入らないことがある法はない。けれどもクララの目と足は、牧場とは反対側の村の方に、村よりもずっと向うのほうにむいて…

吉行淳之介「不意の出来事」

彼にバレちゃったの――。三十才のヤクザであり、雪子の足裏に煙草の火を押付ける男に、私のことが気づかれたという。私が与える快感とともに刻まれる眉間の皺が証拠となって、彼にバレちゃったというのである。そして、私に会いに「彼」が来るという。私は待っ…

石川淳「霊薬十二神丹」

助次郎はたわいない口論から蹴たおされ、一刀により肝腎なものをすぽりと切りおとされた。神医につかえてきた弟は、つちかった秘術を兄のために使った。天地の霊をこめた丸薬を用いることで、かのものは元の位置にもどったのである。だが、様子のことなると…