吉行淳之介

吉行淳之介「手鞠」

かつてたびたび肌を合わせた女に声をかけられたとき、彼は思わず雑沓にまぎれこむ姿勢になった。この女に対して逃げ隠れする理由も、彼はもっていないのに――。彼と友人の男は、女の後をついて、街の裏側へと歩み込んでいく。はじめてその種のことを経験した…

吉行淳之介「不意の出来事」

彼にバレちゃったの――。三十才のヤクザであり、雪子の足裏に煙草の火を押付ける男に、私のことが気づかれたという。私が与える快感とともに刻まれる眉間の皺が証拠となって、彼にバレちゃったというのである。そして、私に会いに「彼」が来るという。私は待っ…

吉行淳之介「驟雨」

その女のことを、彼は気に入っていた。「気に入る」というのは、愛とは別だ。愛によるわずらわしさから身を避けるために、彼は遊戯からはみ出さないようにしていた。そのために彼は娼婦の町を好んで歩いた。だから彼、山村英夫は自分の心臓に裏切られたよう…

吉行淳之介「娼婦の部屋」

秋子は娼婦だった。その体と会話するとき、彼女のさまざまな言葉が私の体へと伝わってきた。この平衡は長くは続かず、いつしか私は彼女の不在をさびしがるようになった。私の下で秋子が既に疲れていることがあり、そのときの気持は、そのまま嫉妬につながっ…