吉行淳之介「娼婦の部屋」

 秋子は娼婦だった。その体と会話するとき、彼女のさまざまな言葉が私の体へと伝わってきた。この平衡は長くは続かず、いつしか私は彼女の不在をさびしがるようになった。私の下で秋子が既に疲れていることがあり、そのときの気持は、そのまま嫉妬につながった。「俺のときよりも疲れたのか」。秋子はあいまいな笑みを浮べたまま、黙っていた。

娼婦の部屋・不意の出来事 (新潮文庫)

娼婦の部屋・不意の出来事 (新潮文庫)

 「私」にとって、はじめその町はぬくもりを感じる故郷でしたが、秋子への感情の変化に従って、すべての見え方が変っていきます。彼らのラインは密着するほどクロスしていましたが、それは錯覚であったのかもしれません。また、この作品には「捨てる」文章がほとんどありません。隅々まで考え抜かれて神経の行き渡ったもので、その充実ぶりは珍しいほどだと感じました。

 「俺の時よりも疲れたのか。」
 秋子は、相変らずあいまいな笑を浮べたまま、黙っていた。