吉行淳之介「驟雨」

 その女のことを、彼は気に入っていた。「気に入る」というのは、愛とは別だ。愛によるわずらわしさから身を避けるために、彼は遊戯からはみ出さないようにしていた。そのために彼は娼婦の町を好んで歩いた。だから彼、山村英夫は自分の心臓に裏切られたような気分になった。今の感情は、まるで恋人に会いに行くときの状態ではないか。その女、道子は娼婦であった。

原色の街・驟雨 (新潮文庫)

原色の街・驟雨 (新潮文庫)

 単なる娼婦の一人として軽く見ていた女に対して、男が異なる感情を抱くに至るストーリーが繊細に語られます。
 主観と客観の入り混じったような文体が、彼らの気持ちを拾っていってくれるので、読者は彼らのあとをしっかりついて行くことが出来ると思います。けれども、その整った後ろ姿を一瞬にしてざーっと流してしまうのが、自然の「驟雨」なのです。また、読み終わった後で冷静に振り返ってみると、いろいろな恐いことに気づいてしまう・・・そんな仕掛けも施されてあり。
驟雨 [新潮CD]

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