埴谷雄高

埴谷雄高「意識」

不整な脈拍が止まった後、再び動き出した鼓動を聞いても、私は安堵の気持ちはかけらほどしか持てず、生の単調さを悟ってしまった感がある。鼓動が停止したときに、私は絶望と愉悦を感じるのだろう。だが、いまは駄目なのだ。私は、蹴飛ばした小石が転がる方…

埴谷雄高「虚空」

"Anywhere out of the world!" 地の果てに到着した私が発したその声は、虚空への呼びかけである。虚空への内なる切なげな喘ぎである。虚空には透明な風がはためいている。けれども地を這う習性を持つ私の喘ぎは、そこで自身へとひきもどされる――。数日前に、…

埴谷雄高「《私》のいない夢」

暁方、白昼への目覚めが促されるとき、私は両腕をゆっくりと宙につきだしてみる。なぜなら白昼における存在は《それがそうとしか見えず、他の何をも考えられない》という罠であるから・・・。その時期、私は《私のいない夢》を敢えてみようと試みていたのだ…

埴谷雄高「神の白い顔」

「夢とはこれまでに意識の隅で見たものの組み合わせ」といわれるが、これは「《未知》を見よう」という私の決意を挫くものであり、そのために葛藤していた。また私は《存在》のすがたを見ようとしており、存在そのものを背後から眺めたいと渇望していた。こ…

埴谷雄高「追跡の魔」

逃げつづける夢、というのがある。そこでは誰もが「決定的な大罪」を犯した者であり、暗黒の追跡者から逃げつづけるのである。この夢は、私にめざましい啓示を与えた。いつまでも逃げつづけられれば、すなわち夢を見つづけるならば、やがて宇宙の果てへ辿り…

埴谷雄高「闇のなかの黒い馬」

真夜中過ぎ、遠い虚空から一匹の黒馬が駆けおり、鉄格子のはまった高窓から音もなく乗りいれてくる。黒馬の柔和な目に誘われて尾の先を握りしめると、ふわりと浮いた私の体は暗黒の虚空へ向って進みはじめた。もしこの手を放さなければ、《ヴィーナスの帯》…