権力と戦え

星新一「人民は弱し 官吏は強し」

星一はアメリカで学んだ手法を事業に応用し、それはことどとく成功した。さらに新しいアイデアを探し続け、仕事は自分、自分は仕事と、勢いを増していた。しかし、成功者が通る道の影には、内にこもるわだかまりをもつ者があらわれる。恥として内向させ、復…

開高健「日本三文オペラ」

フクスケが連れていかれたゆがんだ家では、大男たちが洗面器に入った牛の臓物を食っている最中だった。元陸軍砲兵工廠の杉山鉱山から豊富な鉄を笑うために、住民800人全部が泥棒となった部落・アパッチ族。そこでは親分、先頭、ザコ、渡し、もぐりなど見事な…

西野辰吉「米系日人」

米兵と関係を生じて結婚したが、彼が帰還してからは連絡もなく送金もなく・・・彼女は苦しい身上を語ったが、話のどこまでが真実なのかわからない。彼女たちのほとんどが年齢をかくしたり、住所をいつわったりするからだった。役所に勤める私の元には、連日…

松本清張「石の骨」

三十年近い昔のこと、地方の中学校に奉職していた己は、学界の定説を完全に覆す発見をした。しかし、これが学会に黙殺され、名誉教授から「田舎の教師風情が知ったかぶりをしおって」と否定されようなどとは思わなかった。以来、己は周囲が与える屈辱、不信…

松本清張「断碑」

木村卓治を考古学の鬼才とよび、彼が生きていれば現在の考古学はもっと前進していたとの声は多い。現在からみると、彼の主張は正しかったことが知られている。だが、彼の熱心さと斬新な着眼点がゆえに、その主張は保守的学者から一斉に非難され、彼は中央に…

今日出海「天皇の帽子」

果てしなく巨大な頭。それが成田弥門の最も目立つところであった。真面目だが成績はあがらず、追従やはぐらかす術を知らず、彼は博物館の雇員となった。何々博士や宮内庁の高官が出入りするところで働くことは、端厳な武家風教育で育った彼にとって誇りだっ…

野間宏「第三十六号」

刑務所内で私は、第三十六号という番号の男と親しくなった。彼は溜息のつき方(それは独房に奏でられる唯一の音楽であった)や、点呼の返事の仕方などで刑務所慣れした人間を感じさせた。しかし、それが他人を意識したポーズであることは明らかだった。私は…

石川淳「マルスの歌」

あの歌が聞えて来ると、わたしは指先のいらだちを感じては原稿をびりびりと引き裂き、感情の整理を試みるが、結局は立ち上がって街頭の流行歌に向かってNO!とさけぶのだ。だが、道行く全ての人間が国威高揚の流行歌「マルス」をあきずに歌っているところ…

平林たい子「施療室にて」

・・・どのくらい眠っただろうか、腹部の激しい痛みが私を襲ってきた。野獣のような自分のうなり声を冷酷に聞く。陣痛だ。出産後、私は監獄に入れられる。テロの失敗が原因である。午前5時、私は猿のように赤い子を産んだ。だが金持ちが優遇されるこの病院で…

西野辰吉「C町でのノート」

アメリカ軍に雇われた警備員(日本人)が、アメリカ兵の住居の周りにいた怪しい男(日本人)を射殺した。彼は軍のルールに従っただけだというが、基地外での発砲であったため問題が生じたのである。折衝に躍起な日米の軍及び政府関係者、涙する被害者の家族…

掘田善衛「曇り日」

おれの心が屈していたのには2つの理由がある。1つめは、黒い男が雨の中を逃げまくり、白い兵隊と黄色い警官が、その姿を追って、なぶりものにしたのを見たからだ。もう1つは、Qと出会ってしまったせいだ。おれはあのQのことが――やはり、はっきりとその名…

坂口安吾「肝臓先生」

「足の医者」を誓った赤城先生は、雨ニモマケズ風ニモマケズ、私生活を犠牲にして人々のために町中を走り回っていた。だが、あるとき妙なことに気がついた。診る患者のすべての肝臓が腫れているのだ。伝染性肝臓病だろう。だが、町の人々は先生を肝臓医者と…

田中英光「地下室から」

理論のない同志たちに呆れながらも、私はいつしか共産党のN地区代表にまで上り詰めた。だが、そのポジションから見えたものは、旧体制によって行われた恐喝まがいの行為であった。そして党員たちの利己的な生き方であった。各々が「自分が一番の善人」と信じ…