松本清張「石の骨」

 三十年近い昔のこと、地方の中学校に奉職していた己は、学界の定説を完全に覆す発見をした。しかし、これが学会に黙殺され、名誉教授から「田舎の教師風情が知ったかぶりをしおって」と否定されようなどとは思わなかった。以来、己は周囲が与える屈辱、不信、嘲笑のなかで、一人で生きてきたのである。決して信念を捨てることなく、しかし誰にも認められないことに対する索漠とした寂寥を持って・・・。

或る「小倉日記」伝 傑作短編集1 (新潮文庫)

或る「小倉日記」伝 傑作短編集1 (新潮文庫)

 研究結果と人生を切り離せない研究者にとって、自説が覆されることは人生の否定と繋がるのでしょう、覆されそうな雰囲気を感じると途端に保守的な立場をとり、学閥で一致団結して新たな見解を黙殺により排除しようとかかります。科学の分野に生きる限りは、時として誤りを認めなければならないにもかかわらず・・・。
 それが出来ない研究者はどのような成果を出していようとも、精神が二流三流。真実の追究という本質を見失い、学問の進歩を止める利己的な人種に過ぎません。
 どれほどの反対にあおうとも己の信念を捨てない主人公には、世界を相手に同じ道を歩く者として、激しく共感するものがありました。道を切り開こうとする者の苦しみは、その立場にいる者にしか判りません。

 「おれは学閥の恩恵もなく、一人の味方もない。周囲は敵だらけだ。おれが学問の世界に生きていくには、こうしなければならぬのだ」