松本清張

松本清張「湖畔の人」

定年まで後六年――。同僚と決して打ちとけることがなく、親しい友人も出来なかった矢上は、遠く離れた諏訪の地への転勤を命じられた。彼はすでに諦めており、孤独を自分の居場所と定めていた。だが、松平忠輝が流された町・諏訪に対しては、ある心の動きがあ…

松本清張「青のある断層」

天才画家・姉川の不調に気づいていたのは、画商・奥野の確かな眼だけだった。姉川は元来寡作なため一般に気づかれてはいないが、二年前をピークに彼の才能は行きづまりを見せていた・・・。そのとき、奥野の店に入ってきた若い男。売り込みである。下手だ。…

松本清張「菊枕」

善良だが向上心や野心のない夫に失望した妻・ぬいは、俳誌に句を投じるようになった。以来家事が疎かになったが、夫はとがめることが出来ず、台所におり子育てもした。ぬいは生来勝気な性格であったが、それは自分より才能豊かな(と彼女が感じた)人物に対…

松本清張「石の骨」

三十年近い昔のこと、地方の中学校に奉職していた己は、学界の定説を完全に覆す発見をした。しかし、これが学会に黙殺され、名誉教授から「田舎の教師風情が知ったかぶりをしおって」と否定されようなどとは思わなかった。以来、己は周囲が与える屈辱、不信…

松本清張「赤いくじ」

純情で嫉妬深い楠田参謀長と、町医者出身でかつて女にでたらめだった末森高級軍医は、この朝鮮の平和な町で塚西夫人の心を得ようと争っていた。夫人は二人に、平等に接しているようだった。化粧の濃淡も笑い声の回数も、全く同じように見えた。二人の競争は…

松本清張「断碑」

木村卓治を考古学の鬼才とよび、彼が生きていれば現在の考古学はもっと前進していたとの声は多い。現在からみると、彼の主張は正しかったことが知られている。だが、彼の熱心さと斬新な着眼点がゆえに、その主張は保守的学者から一斉に非難され、彼は中央に…

松本清張「或る「小倉日記」伝」

母と暮らす耕作は生まれながら障害があり、身体に向けられる世間の好奇と同情の目を知りながら育った。だが学校ではズバ抜けた秀才で、母子はそこに小さな自信を抱いた。生涯唯一の友人・江南の紹介で、耕作は小倉時代の森鴎外の秘密を知り、鴎外の交友を求…