松本清張「湖畔の人」

 定年まで後六年――。同僚と決して打ちとけることがなく、親しい友人も出来なかった矢上は、遠く離れた諏訪の地への転勤を命じられた。彼はすでに諦めており、孤独を自分の居場所と定めていた。だが、松平忠輝が流された町・諏訪に対しては、ある心の動きがあった。それは忠輝もまた、似たような生涯を送ったためである。


 社会生活に溶け込めなかった生涯が、諏訪の湖畔に行き着き、そこで寂しさの中に死んだ松平忠輝の姿がクロスオーバーしてきます。「社会が悪い、時代が悪い」と開き直れるほど諦めが良くない、人恋しさを失わない人間らしい人間は、長い間、一人で伏目がちに暮らしてきました。その様子が着実に描かれ、そして、孤独者どうしの親しみが湖畔の情景に写るとき、静かな感動をうむ作品です。