松本清張「断碑」

 木村卓治を考古学の鬼才とよび、彼が生きていれば現在の考古学はもっと前進していたとの声は多い。現在からみると、彼の主張は正しかったことが知られている。だが、彼の熱心さと斬新な着眼点がゆえに、その主張は保守的学者から一斉に非難され、彼は中央における居場所を失った・・・。その後、彼は進歩的なグループを結成し、そこを足場に既成の学者へ挑戦する。

或る「小倉日記」伝 傑作短編集1 (新潮文庫)

或る「小倉日記」伝 傑作短編集1 (新潮文庫)

 この作品には、知識欲にあふれた熱意ある人間に対して、周囲がその姿を妬んで「排除」しようとする場面が多く見られます。高い意思をもち飛翔するためには、周囲の馴れ合いからいつかは一人で飛び出さなければなりません。この国の人間はそういう人を妬むので、それにより軋轢が生じるかもしれません。そのことを踏まえた上で、一人で歩き出すしかないのです。
 また、この作品には研究者のあり方が問われています。これまで誰も手をつけなかった分野に進んで切り込んでいく勇気、そして、従来説からの脱皮を意図的に行う反骨心。本作にはいくつかの誇張がありそれが主人公を破滅へと導きますが、底に流れる精神は研究者として間違いなく正しいものです。

 「今の考古学者は自然科学者のサル真似だ、遺物ばかりをいじっている。物の浅さばかりを測ろうとして、深さを測ろうとしない。作られた物ばかりで、それを作った生活を見ようとはしない。」

 卓治は寝転がって、両手を頭の下に組み、天井を見ている。この気の強い夫が、涙を眼尻から耳朶まで垂らしていた。