松本清張「赤いくじ」

 純情で嫉妬深い楠田参謀長と、町医者出身でかつて女にでたらめだった末森高級軍医は、この朝鮮の平和な町で塚西夫人の心を得ようと争っていた。夫人は二人に、平等に接しているようだった。化粧の濃淡も笑い声の回数も、全く同じように見えた。二人の競争は激しくなったが、同時に夫人の美貌もいよいよ高貴になっていった。それは参謀長はともかく、軍医にすら野卑な考えを抱かせないほどだった。

或る「小倉日記」伝 傑作短編集1 (新潮文庫)

或る「小倉日記」伝 傑作短編集1 (新潮文庫)

 幾分コミカルにカリカチュアされて描かれる、2人の幕僚の恋の鞘当てですが、ラストは全く異なる「色」を持ち劇的です。端々に見えるのは彼らの権力を利用した態度。つまり2人とも性格が悪く、安易な同情は拒否されますが、雰囲気によって流されていく弱さも持っています。とはいっても、その弱さは「かわいげのある」ものではなく、作者の厳しい眼を見出すことでしょう。