武田泰淳「女賊の哲学」

 美しく賢い、しかも強い第二夫人に暗い過去がかくされていようなどとは、誰も想像できなかった。ある朝、城に向って白蓮教の集団が迫ってきたのである。夫の県長はいつまでも来ない援軍を求めながら、次第に発狂したようになった。第一夫人が「私たちを救ってください」と頼むと、第二夫人は「わかりました」。かつて女賊・十三妹だった第二夫人が浮かべた表情には、悲しみと緊張が湛えられていた。

武田泰淳 (ちくま日本文学全集)

武田泰淳 (ちくま日本文学全集)

 あらゆる物事を熟知し、好奇心を傾注する場を失った者は、場自体の変化を求めることで内部の輝きを取り戻そうとします。しかし、「生」そのものについて変化することは出来ません。淡々と過ごすだけの日々。見えすぎることで失った未来により人は虚無を抱くようになり、すると次第に感情を失っていくのではないでしょうか。人間らしい喜怒哀楽はなくなっていくでしょう。結果、冷徹な政治家となり、冷酷な殺人者となることでしょう。
 第二夫人は安家の人々には納得しがたい事件を引き起こし、「あなたは人間ではありません」とまで言われます。しかし、彼女は反論せず、暗い瞳をもって見つめ返すだけなのでした。