2009-06-22から1日間の記事一覧

梅崎春生「記憶」

その夜彼はかなり酔っていた。家まであと三十メートル、このタクシーの運転手は暗いからといって停車した。「今までのタクシーはぜんぶ通ったよ」「おれはイヤだね」。前を向いたまま、運転手はいった。思えば、まだ顔を見ていない。「歩いたらどうですか」…

高見順「起承転々」

大人の雰囲気を醸し出す令嬢・雅子に近づいた印南は、兄を名乗る男・佐伯とも知り合いになる。早合点した印南の母親は、佐伯夫人の元へ行き、そちらの妹さんと今後も宜しくお付き合いのほどをと菓子折り持参で出かけるが、どういうわけか話が全然かみ合わな…

梅崎春生「幻化」

中年男の五郎は、精神病院から抜け出して飛行機に乗っていた。目的地は20年前、生命に対して自信があった頃に過ごした場所である。・・・だが、到着してみると、そこの風景は大きく変っていた。五郎の青春は病室で過ぎ去ったのだ。五郎は歩き出した。何のた…

大江健三郎「個人的な体験」

アフリカ旅行の夢を抱く鳥(バード)が授かった、障害をもった赤んぼう。障害のある怪物に人生を引きずられたくはない。そうでなければ、これからの生活は?・・・すでに植物のような赤んぼう。どうせ死ぬだろう。すぐに死ぬはずだ。死んでくれ。・・・エゴ…