上林暁「禁酒宣言」 

 酒が小生の生活を滅しそうなのです。深酒、梯子酒、酔いつぶれ。宿酔の自己嫌悪に陥るたびに、今日から酒を慎もうと思い、孤独に身悶えするのです。一日労作の後の静かな喜び、あの楽しい昔に還るために、断固止めたいと思うのです。けれども、どうにも出来ぬ弱さのために、益々酒が深まるばかりなのです。

禁酒宣言 (ちくま文庫)

禁酒宣言 (ちくま文庫)

 禁酒宣言!を手紙形式で書いた作品です。自分の気持ちにとどめておけばいいだけなのに、わざわざ手紙に書く理由とは・・・。
 やめたいけれども、やめられない、そんな自分が情けない。彼に対する家族からの視線にはいくつもの種類がありますが、冷たく突き放されるよりも、変わらぬ優しさをもたれることが、一番重く響いたようです。
 エピソードとしては、「切断」する話がある一方、相変わらず懲りない話もあり。新鮮な水を求めるように歩もうとする後ろ姿には「がんばって!」とエールを送りたくなりますが、まぁ、ダメなんじゃないかなあ、と突き放して思ったりもします。自分にペナルティを課す真剣さや、何かを賭けるといった深刻さがないため、そう思っても許される感じがするのですが、そのあたりは著者の意図した柔らかさのためでしょう。
 明日から止めるのだから、今日は最後だ、たくさん飲もう!と思う人は、結局止められないのでしょう。好調だったかつてのモットー、「金が有り余ってから本を買おうとするな。それではいつまで経っても本は集まらない。たとえ襤褸を纏ってもいいから、先ず本を買え」(本文より)に立ち返らなければなりません。生活がよくなったらやろう、今の問題が解決したらやろう、明日からやろう、これらは全て同じです。今すぐ決断を!

 禁酒の決意をきっかけにした生活報告の趣があるのだが、そこには暮しをみつめる目が光っている。(略)それが可能であるのは、作品の底にあるのが肥大した「私」(作中では「小生」)の深刻めいた自己否定や自己嫌悪ではなく、どこか大らかな構えを備えた自己観察の姿勢であるためではなかろうか。(黒井千次
戦後占領期短篇小説コレクション 4 1949年 (4)

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