坂口安吾

坂口安吾「盗まれた手紙の話」

兜町の投機会社に飛び込んできた、見知らぬ精神病院からの分厚い手紙。そこには予言を得るようになったという、元駅員の患者が書いた几帳面な文字がびっしりと並んでいた。饒舌につづられた手紙の内容は、果たして嘘か誠か――。暇つぶしに楽しんでやろうかと…

坂口安吾「花妖」

「孤独が心地いい」とうそぶき、終戦後も防空壕に起居する父、その父を軽蔑する母。開放的な遊び人の次女、前時代的で暴力的な男であるその夫。そして狂気的情熱を持った長女・雪子。終戦後の変化について行く者と行けない者が混ざり合った物憂げな一家が過…

坂口安吾「街はふるさと」

悪人の利己主義者、金銭至上の合理主義者、センチな貧乏者、決断出来ない子供、達観した神様、娼婦、ギャング。京都と東京をまたにかけ、彼らは動く。ある者は運命に流され、ある者は逆らって生きている。無だと言われ、蔑まれ、それでも男は「生き抜く」と…

坂口安吾「古都」

ただ命をつなぐだけ、それでいい――。恋に破れて絶望した私は、東京に住むことが出来なくなり、京都に行き着いた。宿にしたのは、地の果てのような末路にふさわしい場所であった・・・。宿の親父らと碁会所を作り、囲碁で先生と呼ばれるようになる。しかし、…

坂口安吾「イノチガケ」

信長に保護され、秀吉に蹴落とされ、家康に止めを刺され、切支丹は完全に国禁された。海外からは情熱を抱いて浸入する宣教師が絶えなかったが、遊ぶ子供の情熱に似た幕府の単調さは、彼らの迫害を行い続けた。火あぶり、氷責、斬首、穴つるし、島原の乱、鎖…

坂口安吾「信長」

天下に名だたる大タワケ・織田信長。彼の兵法を配下の武将たちは全く理解できないでいた。彼らは考えた。今川義元が攻めてくるまでの時間の問題である。だが、美濃のマムシ殿だけは違っていた。信長が大バカと言ったのはどこのどいつだ?・・・放埓の果てに…

坂口安吾「青鬼の褌を洗う女」

そもそも私は男に体を許すことなどなんとも思っておらず、気だるいだけで、好きであればいいという感覚だ。それを人は不潔だというが、難しいことが面倒なだけなのだ。そのうちに戦争がやってきて母親が死んだが、私は気楽な生き物であった。国のことは他の…

坂口安吾「桜の森の満開の下」

桜の下には風もないのにゴウゴウと鳴っている気がしました。そこを歩くと魂が散り、いのちが衰えて行くようです。旅人がみんな狂ってしまう桜の森がある山には、むごたらしい山賊が住んでいました。美しい女房をさらってきましたが、男はなぜか不安でした。…

坂口安吾「散る日本」

私は将棋の名人戦を観戦に出かけた。10年間名人を守ってきた木村名人が2勝3敗と追い込まれた、将棋名人戦第6局。私は将棋の駒の動かし方など、さっぱり分からない。けれども、これを見るのは念願であった。命を懸けた真剣の戦いが期待されたからだ。空気は張…

坂口安吾「肝臓先生」

「足の医者」を誓った赤城先生は、雨ニモマケズ風ニモマケズ、私生活を犠牲にして人々のために町中を走り回っていた。だが、あるとき妙なことに気がついた。診る患者のすべての肝臓が腫れているのだ。伝染性肝臓病だろう。だが、町の人々は先生を肝臓医者と…

坂口安吾「オモチャ箱」

異色作家・三枝庄吉の主人公は、常に自分自身である。彼の作品は一種の詩で、夢幻のごとくありながら、即物的な現実性を持っていた。しかし今や――彼は自分を見つめる鬼の目を失っていた。架空の空間に根を張ったため、作品は育たなくなっていた。妻との喧嘩…

坂口安吾「白痴」

伊沢は人間社会を批判しながらも、給料をもらわなくては現実的に生きられない自分を恥じ入っていた。その代償として得た一般社会からの孤独は、側に味方、理想をいえば女を求めていた。そんな伊沢の家に、隣に住む白痴の女が逃げ出してきて、押入れの中で震…

坂口安吾「風と光と二十の私と」

人の命令に従えず、幼稚園の時からサボることを覚えた私は、二十才のとき小学校の教員をすることになった。70人クラスのうち20人は、自分の名前以外は書くことが出来ない。だが、本当に可愛い子供は悪い子供の中にいるものだ――。不良の心を知る新米教師は、…

坂口安吾「風博士」

諸君は偉大なる風博士を御存知であろうか?――警察の計算のごとく、博士は自殺を装ったのではない。否否否。偉大なる風博士は明らかに自殺したのである。風博士の遺書を読まれることで、諸君らは深い感動を催し、憎むべき蛸博士に対して劇しい怒りを覚えられ…