坂口安吾「肝臓先生」

 「足の医者」を誓った赤城先生は、雨ニモマケズ風ニモマケズ、私生活を犠牲にして人々のために町中を走り回っていた。だが、あるとき妙なことに気がついた。診る患者のすべての肝臓が腫れているのだ。伝染性肝臓病だろう。だが、町の人々は先生を肝臓医者と嘲っている。 けれども先生は怒らない。自分が信じることを行うだけだ。たたかえ!たたかえ!

肝臓先生 (角川文庫)

肝臓先生 (角川文庫)

 仕事熱心な肝臓先生のスタンスは「誰が何と言おうと、自分が信じる道を貫き、自分を信じてたたかえ!たたかえ!たたかえ!」です。人間賛歌、力強いメッセージが響く作品です。気を抜いたリラックスした文体で描かれるため、坂口安吾にしては軽い作品とも思え、事実、あまり評価されていない作品のようですが、世間から笑われる肝臓先生の孤独は、作者のものと通じます。誰もやったことがない新しいことを行うのは、実は誰にでも出来ることです。その新しいことの方が正しく、これまでの常識が間違っていたことを世間に認めさせる――これが難しいのです。
 なお、今村昌平監督の映画「カンゾー先生」は、この「肝臓先生」と、同じく安吾作「行雲流水」とを混ぜたような作品です。

 先生はムッとしたが、心を取り直した。言いたい者には、言わしめよ。人に対して怒ってはならない。ただ汝の信ずるところを正しく行えば足りるのである。