星新一「人民は弱し 官吏は強し」

 星一アメリカで学んだ手法を事業に応用し、それはことどとく成功した。さらに新しいアイデアを探し続け、仕事は自分、自分は仕事と、勢いを増していた。しかし、成功者が通る道の影には、内にこもるわだかまりをもつ者があらわれる。恥として内向させ、復讐心を燃えたたせる勢力がある。つねに楽天的かつ能弁な星は、同業者のみならず役人に対しても対等な口利きをしたが、役人はそれがおもしろくない。選挙で多数をにぎった憲政会は、徹底的に星と彼の会社をつぶしにかかるのだった。

人民は弱し 官吏は強し (新潮文庫)

人民は弱し 官吏は強し (新潮文庫)

 作者星新一の父・星一について書かれた伝記であり、権力を利用する人間のくだらなさが描かれた作品です。小説内に書かれた「協力するよりは高い原料を買うほうが好きなのであろう」(P110)との言葉は、「日本人は協力するよりも世界へと先駆する他人を妬み、いびり、引きずり降ろすことが好きなのだろう」の意味です。
 息子が書いた父の話であり、推察が多く、一方的な点があることを差し引く必要があるかもしれません。しかし、これは実名で書かれた告発の書であり、その主張するところは強く理解出来ます。なぜなら現代の世界、しかも、真実が勝利するはずの科学の世界にも同様のねたみが存在し、成果を無視して人格攻撃に移行することを私はよく知っています。
 ところで、評論家・鶴見氏による解説文は、政治家と経済界の密着を是とするものでした。星氏は「兄貴分をまちがってえらんだ」のでも「くいちがいがあった」のでもないことは小説を読めば明らかで、これは「寓話」ではないと思われます。

 官庁の地位というものは、民間より一段と上にあり、強固で、ゆらぐことは絶対にないはずなのだ。

 星が頭をしぼってアイデアをうみだし、乗り越えるのに成功した壁。その壁を業者と役人の連合軍は、金の力によって爆破した。最も単純でわかりやすい方法ともいえるが、最もあさましく情けない方法ともいえた。