安部公房「人間そっくり」

 「ぼく、火星人なんですよ」というその男は、話をきいていればおとなしいが、興奮状態になると手がつけられないらしい。理屈っぽい火星人は、発作のように笑いながら、ぼくを押しのけて「人間そっくりでしょう?」。・・・しかし、こんな話をしても、どれほどの効果が期待できるのだろう。ともあれ、あなたが《人間》であることを信じて、話をつづけることにしよう。

人間そっくり (新潮文庫)

人間そっくり (新潮文庫)

 突然の訪問者。話に乗らずにいきなり絶ってしまえばいいのですが、人のいい人ほど丁寧に対応してしまい、それに対して相手はすぐに調子に乗ってくる。「自分はしっかりしている人間だ」と信じる常識人・一般人が、笑顔を浮かべた腹黒い人間に対抗出来ず、次第に追い詰められていく・・・という、安部公房の鉄板ネタ。ここでは相手が「火星人」であるという点がユニークです。この無茶な設定をどうやってまとめたのかは、読んだ人だけが知りえること。
 図々しい「火星人」は、こちらが隙を見せた瞬間、一歩また一歩と入り込んできます。エゲつなく押しこむ「火星人」はもちろん、押される「ぼく」にも問題があるのですが、暴力の影をチラつかせることで反抗の気持ちを押さえつけ、コントロールしようとする姿勢には、イライラどころか怒りを感じます。そこには非民主的な独裁国家の姿を感じて恐ろしいです。
 さて、「あなたが『人間』であることを証明するためには?」との問いに明確に答える術はありません。しかし、これは質問に対する答えにさらに質問をぶつけ続けることで、必ず至るところです。どこかの時点で開き直りに転じる必要があるのですが、それが出来ない人ほど答えに窮してしまい、最後は自分の正しさを信じきれなくなってしまいます。これは正直に受け止める真面目さか、自分を信じきれないのかのどちらかが原因であり、質問する側にもどちらが原因なのかを見極める責任があるはずです(前者なら○、後者なら×)。しかし、本作の質問者にはそれがなく、よって相手の意思を無視する暴力的なものを感じました。(安部公房の長編作品にはよく見られますが)二部構成のような作品で、特に前半部分が面白かったです。