安部公房

安部公房「砂の女」

昆虫採集にきた男が一晩の宿としてあてがわれたのは、砂の崖に囲まれた家。そこには年若い女が一人住んでいた。家に降り積もる砂、食事のときには傘がいり、ふとんはますますしめっぽい。女もさっさとこんな家を出ればいいのに・・・流動し続ける1/8mmの砂の…

安部公房「人間そっくり」

「ぼく、火星人なんですよ」というその男は、話をきいていればおとなしいが、興奮状態になると手がつけられないらしい。理屈っぽい火星人は、発作のように笑いながら、ぼくを押しのけて「人間そっくりでしょう?」。・・・しかし、こんな話をしても、どれほ…

安部公房「燃えつきた地図」

誰もが出掛けたところへ帰ってくる。見えない目的に駆り立てられて、戻ってくるために出掛けて行く。だが、中には出掛けたまま帰ってこない人間もいて・・・。いったい彼はどこにいるのだ。探偵のぼくは失踪した彼を求めて、彼の地図をたどる。いや、ぼくが…

安部公房「無関係な死」

Aなにがしが自分の家に帰ってきたとき、見知らぬ男が死んでいるのを発見した。麻痺状態から立ち直っても助けを呼びに行くことはできなかった。・・・これは彼を陥れようとする狡猾な犯人の罠かもしれない。けれども目の前にある死体もいつまでも大人しくして…

安部公房「時の崖」

おれって馬鹿なのかもしれないなあ。なんでこんなことやってるんだろうって、ときどき考えちゃうんだよ。おれも前はチャンピオンにある気でいたけど・・・でもチャンピオンだって、落ちるのは早いぞ。チャンピオンの向う側が、いちばん急な崖なんだから・・…

安部公房「闖入者」

ノックに応じてドアをあけると、数え切れないほどの大家族がならんでいました。先頭の紳士が「お邪魔しましょう」と言い、全員が部屋に上がり込んできました。ぼくは何も言っていないのに、部屋は占領されてしまいました。ぼくが抗議すると、紳士は急に態度を…

安部公房「デンドロカカリヤ」

去年ちょっとだけ『植物』になったコモン君が受け取った1通の手紙。「あなたが必要です。それがあなたの運命です」。これをきっかけにコモン君に例の発作が表れたんだね。裏返りそうになる顔を隠しつつ、他人の目から逃れながら、人の流れにのって歩きつづけ…

安部公房「魔法のチョーク」

貧しい画家のアルゴン君は、今朝から何も食べていない。ふとポケットに入れた指先は、赤い棒切れにぶつかった。描いたものが全部実物となって、壁から転がり出てくる魔法のチョーク。食べ物の絵をたくさん描いて、信じられない幸福!けれども、気がついた。…

安倍公房「赤い繭」

おれには家がない。おれには休む場所がない。道に落ちている縄の切端が語りかけてくる。兄弟、休もうよ。おれは首をくくりたくなった。だが、まだ休めないんだよ。おれには家がない、その理由がわからないからだ――。この世はこれだけ広いのに、おれの家はど…

安部公房「S・カルマ氏の犯罪―壁―」

朝おきると、胸のなかがからっぽになっていました。ぼくは自分の名前を想出せないことに気づきました。仕事場ではぼくの「名刺」が働いていて、僕の居場所はなくなりました。からっぽなまま家に帰ると、服やネクタイがクーデターを起こして・・・名前を失い…