安部公房「無関係な死」

 Aなにがしが自分の家に帰ってきたとき、見知らぬ男が死んでいるのを発見した。麻痺状態から立ち直っても助けを呼びに行くことはできなかった。・・・これは彼を陥れようとする狡猾な犯人の罠かもしれない。けれども目の前にある死体もいつまでも大人しくしてはおらず、悪臭を放って自己主張を始めるかもしれない。・・・このことに気づいた彼は、行くことも戻ることもできなくなった。

無関係な死・時の崖 (新潮文庫)

無関係な死・時の崖 (新潮文庫)

 帰宅した自分の部屋で待っていたのは、見知らぬ男の死体!その驚愕に続いて起こる気持ちの変化を、リアルタイムな感覚で描写される不条理作品です。緊迫感ある「時」とともに刻一刻と失われていく自我というもの、そして論理感。思考の回路はブラックユーモアな感覚をもって堕ちていきますが、歩いていく道がひとつずつ消えていき、終いには自分が歩いてきた道をも見失う様子は恐ろしいものがあります。また「彼」は被害者のはずなのに、なぜか犯罪者のような心理を抱いてしまいます。その変化が、いつ、どのようにして起こるのかも、見所です。