安部公房「燃えつきた地図」

 誰もが出掛けたところへ帰ってくる。見えない目的に駆り立てられて、戻ってくるために出掛けて行く。だが、中には出掛けたまま帰ってこない人間もいて・・・。いったい彼はどこにいるのだ。探偵のぼくは失踪した彼を求めて、彼の地図をたどる。いや、ぼくが探っているのはぼく自身の地図であり、ぼく自身の内臓にすぎない・・・。

燃えつきた地図 (新潮文庫)

燃えつきた地図 (新潮文庫)

 共同体からの脱出を図った人間とそれを追う探偵の姿を通して、現代人の孤独についてミステリタッチで語られる作品です。だんだんと心に靄がかかっていくような、自分の影と姿を見失っていくような・・・そういう気分にさせられる描写の持続に圧倒されます。
 新たな出会いを様々な形で求める現代人の行為は、現状からの失踪願望、現在の共同体からの脱出なのかもしれません。けれども「発見した世界で幸せを得たと思った途端に、発見した世界と捨て去った世界が瓜二つであることに気づく」(by花田清輝)のです。それに対する安部公房の対処法がラストに書かれているようです。その切れ味はとても鋭くてすばらしく、ラスト数ページのために小説全体が書かれているようにも思えました。

 戻ってくることが、目的のように、厚いわが家の壁を、さらに厚くて丈夫なものにするために、その壁の材料を仕入れに出掛けて行く。
 だが、ときたま、出掛けたっきり、戻ってこない人間もいて……