伊藤整「生きる怖れ」

 その大学へ入学した私たち四人の仲間のうちで、私はいつも三人をとりもつ立場にいた。彼ら三人は互いに憎み対立しあい、それでいて皆、私を求めるのである。いわば私は彼らの存在に安心と価値を与え、バランスを取り直すためにいた。――しかし、どうして、いつもこうなのか。そのとき私の身から真実は姿を消し、現れてくる皮膚は迎合、妥協・・・。

 当時の青年がこぞって夢中になっていた政治活動をシャープにからめながら、彼らの成長を描きます。途中までは会話中心で話が進むために読みやすく、それぞれのキャラクターも個性的で分かりやすい作品です。
 主人公は走り出すことを恐れながらも、仲間たちから与えられた刺激により、「友人のふるさと」というどっちつかずの状態から逃れようとして、もがきます。それまでは溺れるもののそれでしたが、いくつかの出来事が、彼にキックする力を与えます。
 向った方向が主人公にどういう未来を与えたにせよ、行動を起こすこと、それ自体が大事であり、少なくともその一歩は踏み出した、そして踏み出したからには後戻りは出来ず、もう何処までも行くしかない――そう説いているかのようです。

 「右は早瀬、左は小橋さ。強い奴等だ。我々は、言うことは早瀬に先まわりされ、行動は小橋に敵わない。」
 「全くだ。うわあ、どこにも抜け道がねえや。どうすればいいんだい。あっ息苦しい。」