伊藤整

伊藤整「文学祭」

坪内逍遥先生の逸話を申し上げます。先生は学校を落第してみせることで、日本の文学者に範を垂れたのでありました。夏目漱石も落第しました。永井荷風は入学試験に落ち、萩原朔太郎や太宰治も中退しました。これはすべて偉大なる精神の特色であります。彼ら…

伊藤整「生きる怖れ」

その大学へ入学した私たち四人の仲間のうちで、私はいつも三人をとりもつ立場にいた。彼ら三人は互いに憎み対立しあい、それでいて皆、私を求めるのである。いわば私は彼らの存在に安心と価値を与え、バランスを取り直すためにいた。――しかし、どうして、い…

伊藤整「幽鬼の街」

十数年ぶりに訪れた小樽の町で、元不倫相手は老女となって迫りくり、親切だった先輩は死臭を漂わせながら宗教を語る。便所に入ると隣室から女声が聞こえ、川のせせらぎはいつしか人間の姿に変わる。卑怯だった青年期に係わり合い、私のために人生を崩し死ん…

伊藤整「若い詩人の肖像」

小樽で教師をしていた私は、中央で続々と生れる若い詩人たちに、嫉妬と焦りを感じていた。発表欲が出てきていた私は、詩壇のドングリの末席にでも加わりたかったのである。冬になり、完成した自費出版の詩集を150名ほどの詩人に送ることにした。行為の意味を…