伊藤整「幽鬼の街」

 十数年ぶりに訪れた小樽の町で、元不倫相手は老女となって迫りくり、親切だった先輩は死臭を漂わせながら宗教を語る。便所に入ると隣室から女声が聞こえ、川のせせらぎはいつしか人間の姿に変わる。卑怯だった青年期に係わり合い、私のために人生を崩し死んだ人たちが、幽鬼となり襲いかかってきたのであった。それから逃げながら私が掴んだ答えとは・・・最後の1行を読むほかない。

 全体を通じた不条理なモダンホラー。ダークでクールな世界観の中、描かれるのは、そこまでやるかという、徹底的な自己批判。自らの過去、現在、芸術、生き方、すべてを罵倒しています。そしてラストに近づくに連れて、芥川龍之介「歯車」のような鬼気迫る描写が続きます。思わず作者の今後が心配になる、すさまじい迫力を持った作品です。自分の過去を振り返ってみて不良だったことを自覚する人は、道の中央を歩けなくなるかもしれません・・・!

 僕はまだこの後も長く生きなければなりません。それなのにすでに過ぎた人生の半ばの生活だけからでも、僕の懊悩は数えられぬほど生れています。それらの責苦に私は耐えることが出来そうもないのです。(略) 言ってください。僕はどうすべきなのでしょう。悪鬼どもがあらゆる街角で僕を待ち伏せています。僕はもう前へ進み得ないような気がするのです。