藤枝静男「イペリット眼」

 島村章は、軍の眼科主任である。診断書が軍部に無視され、将校のビンタによって「仮病だったことが告白される」という日々の中、ある日、彼はこれまで報告例のない症状に気がついた。戦況を忘れさせる研究者としての興奮。だが、患者たちはその原因について一様に口を閉ざすのだった。憤り、嫌悪、無力感に包まれながら、懸命につとめあげる章の日常。

 眼科医の著者による医学小説ですが、専門用語もほどよい数に抑えてあり読みやすいです。前半は完全な「医療ミステリ」で読者を引き込み、後半は少年患者の存在自身に焦点をあて、軍の妙な階層構造に鋭いメスを入れていきます。
 ヒューマニストの主人公には感情移入しやすいと思います。そして、それ以上にストーリーを支えるのは、変質的な院長の存在感。章とは「役者が違う」といった感すら抱き、それはまるで映画「地獄の黙示録」。さらにラストシーンは横溝正史作品のような色彩にあふれ、恐ろしくも耽美な趣向が凝らされています。

 少年達の心を徐々に蝕み始めている、馴らされた虫のような、みじめな奴隷根性を彼は嗅ぎ出さずにいられなかった。彼等は自分でも知らぬうちに、唯々として肉体の一部を傷害される屈辱に無感覚になっているのではないか。

戦後占領期短篇小説コレクション 4 1949年 (4)

戦後占領期短篇小説コレクション 4 1949年 (4)