梅崎春生「麺麭の話」

 異常インフレが続き食べ物が不足した時代、真面目な役人である彼は、妻と子と犬と自分を飢えさせるために働いているようなものであった。汁やカスしかない食卓のたびに、血色のいい多田の声が思い返されてくる・・・。1週間前、多田が打診してきたのは、役所関係の入札に関した不正と、犬についての話だった。そこではたしかに断ったはずなのだが、彼はいま、惨めな思いで戸田の家へ向っている。


 「桐野夏生」といった感じがする心理スリラーで、飢餓にあえぐ主人公についての、神経に届くような描写力が際立つ作品です。
 多田からは2つの取引が提示されますが、マジメな主人公は1つの方のことしか考えません。その結果、精神も肉体もつぶされていくのでは、「マジメなだけでは生きていけない」という世の中の現実を示すように思えて、残念です。対照として描かれる明るい世界が、彼の惨めさを浮き彫りにし、心をグチャグチャにしてしまい悲惨です。