福永武彦「飛ぶ男」

 彼が乗ったエレヴェーターは彼の意識を飛ぶ鳥のように8階に残したまま、もう1つの彼の意識を撃たれた鳥のように無抵抗に落下させる。僕ハ魂ヲ置イテキタ・・・。彼は病院から戸外に出て行く。これが本物の明るさだ。彼の視線は植物や雑誌を素通りし、屋根の向こうにある空間に吸い込まれる。そこまで行けば自由なのだ。だが人間ハ何トイウ生キ物ダ、空ヲ飛ブコトガデキナイナンテ。

廃市/飛ぶ男 (新潮文庫 草 115-3)

廃市/飛ぶ男 (新潮文庫 草 115-3)

 空にあこがれと自由を見出した入院中の男。夢とロマンが極めて前衛的かつテクニカルな手法をとって描かれます。
 日常に転がっているたくさんのアイテムが作品世界のコントラストを強調し、そしてそのアイテムそのものを利用して話が飛翔していく複雑さが、作品に幻想的あるいは断片的な詩篇を感じさせてくれます。無骨な私は「現実」側に移入してしまいましたが、人によって到達点の異なる小説だと思います。 自由への思いを、鎮め、そして浮遊させきった意欲作。

「君ハ夢ノ中デ空ヲ飛ンデイルコトハナイカイ?僕ハショッチュウ空ヲ飛ブ夢ヲ見ル。」