開高健「パニック」

 去年の秋、この地方でいっせいに花ひらいたササは、あらゆる種類の野ネズミを呼び寄せた。春の訪れとともにネズミは洪水となって田畑にひろがっていくだろう。この貪婪集団の行く手を阻むものは何もない。この事態を察したのは、山林課の俊介だけだった。だが、彼の提案書は事なかれ主義の上司に握りつぶされた。そして、そのまま・・・とうとう春が来た。

パニック・裸の王様 (新潮文庫)

パニック・裸の王様 (新潮文庫)

 本音がつかめない男・俊介が勤める役所の裏舞台を中心に、ネズミの大発生に襲われた町の様子をブラックユーモアをこめて描く、その名の通りのパニック小説です。「本能」を失って「知性」を得た人間vs「本能」で動くネズミの戦いであり、キーとなるのは集団心理。ラストはよく知られた形になりますが、ある意味、人間の未来をも予感させるものとなっています。
 突然の「パニック」はヒーローを生みますが、『はじめは興味を感じて協力していた連中も、ひっきりなしになるとげんなりして手をひき、罵声を浴びせる』ことになります。その区切りを「時代」と呼びますが、そのサイクルは早くなる一方で、かつ、何一つ知らなくても生きていけたりします。ネズミに襲われても何一つ変わらない人が、ここでは勝っちゃいそうな感じです。
 また、ここでの主人公は、庶民のためにパニックを防止することに対してさほど必死にならず、自分の活躍と実力を周囲に見せ付けることでヨシとする部分があります。この官僚的目線が、作品を一般的な「庶民を中心としたパニック小説」から離れさせていると思いました。

 その熱い悪臭はコンクリートの床や壁からにじみでて、部屋そのものがくさって呼吸をしているような気がした。