開高健

開高健「ずばり東京」

東京へ、東京へと人がおしよせてくるので土地の値段がめちゃくちゃにあがっている。練馬のお百姓さんとなると、十億、二十億になるという。みんなどんどん転業して、社長になり経営者になっている。しかし、話を聞いた七人のうち、一人だけ今も変わらずに、…

開高健「日本三文オペラ」

フクスケが連れていかれたゆがんだ家では、大男たちが洗面器に入った牛の臓物を食っている最中だった。元陸軍砲兵工廠の杉山鉱山から豊富な鉄を笑うために、住民800人全部が泥棒となった部落・アパッチ族。そこでは親分、先頭、ザコ、渡し、もぐりなど見事な…

開高健「ロマネ・コンティ・一九三五年」

冬の日の午後遅く、小説家と重役が、広いテーブルをはさんですわっていた。二人の間には酒瓶がおいてある。本場中の本場、本物中の本物、ロマネ・コンティ。「・・・では」とつぶやいた小説家は、暗い果実をくちびるにはこぶ。流れは口に入り、舌のうえを離…

開高健「玉、砕ける」

張立人は私が香港へ来るたびに会うようになった、初老の友人である。彼との話題は東京では笑い話になりそうだが、ここでは痛切な主題なのである。つまり、どちらか一つを選べ、選ばなければ殺す、沈黙も殺すといわれ、どちらも選びたくなかったときに、どう…

開高健「巨人と玩具」

キャラメルメーカーのサムソンは、キャラメルにつける「おまけ」の知恵を絞っていた。キャラメル業界の不透明な先行きの中、サラリーマンたちを襲う徒労、そして無力感・・・。だが、重役たちの声はたったひとつであった。「もっと売れ!もっと売れ!」――巨…

開高健「裸の王様」

太郎には友人がいない。彼は周囲に対して圧迫感を抱き、心の四囲に壁をつくって孤独のなかに住んでいた。彼のスケッチブックは、努力を放棄した類型であった。人間の姿は描かれず、彼の心の不毛を物語っていた・・・。画の先生であるぼくは、子供に技術を教…

開高健「パニック」

去年の秋、この地方でいっせいに花ひらいたササは、あらゆる種類の野ネズミを呼び寄せた。春の訪れとともにネズミは洪水となって田畑にひろがっていくだろう。この貪婪集団の行く手を阻むものは何もない。この事態を察したのは、山林課の俊介だけだった。だ…