開高健「玉、砕ける」

 張立人は私が香港へ来るたびに会うようになった、初老の友人である。彼との話題は東京では笑い話になりそうだが、ここでは痛切な主題なのである。つまり、どちらか一つを選べ、選ばなければ殺す、沈黙も殺すといわれ、どちらも選びたくなかったときに、どうやって切りぬけたらよいか?という問題である。帰国の決心をした私は、これにけりをつけなくてはならない。

ロマネ・コンティ・一九三五年 六つの短篇小説 (文春文庫)

ロマネ・コンティ・一九三五年 六つの短篇小説 (文春文庫)

 戦場の垢にまみれた身体に疲れ果て、いざ帰国しようとする主人公。彼が抱えこんでしまった問題について、張立人はあるエピソードを示します。川端康成文学賞受賞作。
 その後、総まとめとして最後に得た「玉」は、果たして現実のものだったのか、それとも夢幻に過ぎなかったのか。日本へ帰る彼が戦場から持ち帰ったのは、果たして何なのか。戦場には何が落ちているのか。・・・そこで感じるのは、巨大な徒労感。一見無関係なストーリーのまとめ方といい、上手な短編の見本です。

 ある朝遅く、どこかの首都で眼がさめると、栄光の頂上にもいず、大きな褐色のカブト虫にもなっていないけれど、帰国の決心がついているのを発見する。

川端康成文学賞全作品〈1〉

川端康成文学賞全作品〈1〉