今日出海「天皇の帽子」

 果てしなく巨大な頭。それが成田弥門の最も目立つところであった。真面目だが成績はあがらず、追従やはぐらかす術を知らず、彼は博物館の雇員となった。何々博士や宮内庁の高官が出入りするところで働くことは、端厳な武家風教育で育った彼にとって誇りだった。ある日、某公爵邸に呼ばれた彼は、仕事のあとで大正天皇の帽子を頂くことになる。

 超のつく封建的な育てられ方をした成田弥門は、階級に対する隷属の意識が染みこんでしまっています。どれほどイジメられようが「責任は自らの落ち度にあるのだ」と考えるのです。その彼が『天皇の帽子』という最高権力を身に付けてしまったら――。
 直接的な言葉はありません。それどころか敬いまくっています。けれども、その痴呆的な従順さは、天皇批判の裏返しに違いありません。頭のサイズに共通点を見出し、ピエロのような成田弥門と権力の象徴とを結ぶなんて、センスのいい繋ぎです。
 第1章は読みにくいのですが、第2章以降は読みやすくなりますのでご安心を。苦労話・人情話から一転、とても面白い展開をみせるブラックな快作。直木賞受賞作。