椎名麟三「ある不幸な報告書」

 石本家では税金滞納により家具一式が差し押さえられた。妻・とり子は、家が彼女の家ではなくなったように感じられたが、国家権力により認められた家具により、石ころのような自分たちにも光を当ててもらえた思いもした。まもなく、夫の浜太郎ら一家四人が帰ってくる。そしてその様子は向かいの家の二階から学生に監視されており、彼は始終「不合理だ」と呟いていた。

神の道化師・媒妁人 (講談社文芸文庫)

神の道化師・媒妁人 (講談社文芸文庫)

 あらすじだけだと暗い話。貧乏が原因で、心がバラバラに離れてしまった家族。時代を思わせる、よくある苦労話のようですが、作者が椎名麟三であるために、ちょっと違った展開になります。監視役の学生を一人住まわせたことで、作品への視点の追加とともに、ユーモアの味付けがなされました。暗さの中に無理ない形でユーモアを混ぜるのが、椎名麟三の面白いところです。
 酒に逃げる夫、新興宗教に走る妻、家族を無視して無口な長男、自分の幸せを優先する長女、権力に石を投げて窃盗もする次男。作者は誰にも肩入れしていないようですが、傍観者として公平な目線を貫いたためではなく、平等な愛着があるということなのでしょう。逆に、唯一突き放したように描かれているのは学生であり、そこに作者の気持ちが読み取れます。
 彼は「神」と「権力」を象徴しますが、それすらもひっくり返してしまうことで、巨大社会におけるチッポケな人間の存在にも目を向けます。

ポール・オースター「幽霊たち」