石川淳「二人権兵衛」

 狐を盗んだうんぬんのつべこべ問答のすえ、とぼけ顔のゴンベは船橋の権兵衛と証書をかわした。「首一つ。払えなければ米一俵」。ゴンベは押問答というやつは不得手で、脇差をちらちらさせる権兵衛に負けることはきまっている。それにしても、これはゴンベの腹にこたえた。むろん首の心配なぞしていない。腹の底が空になった時分に、たかが首一つをどうこういうひまは無い。

石川淳 (ちくま日本文学全集 11)

石川淳 (ちくま日本文学全集 11)

 同じ名前を持つ二人の主人公。葛飾の百姓・ゴンベと、船橋の狐釣り名人・権兵衛。同じ時代を生きる人間ですが、彼らの歩く道は正反対。狐の奸智が間にはいることで、彼らは接近し、からみからまれ、シニカルな展開になります。そして、正反対とは最も近いことを意味するという逆説が見出されます。
 展開は複雑で人間の気持ちの揺れが大きそうですが、それらをサッパリ省略したあげく、とても自然で単純なことのようにうかがえるのは、それも狐の奸智のせいなのでしょう。だらだらと生活しているようでいて、結構抜け目ない村人たち。彼らの姿を変えるのは狐、いや、運命です。