椎名麟三「懲役人の告発」

 懲役人としての過去を持つ長作は、社会と自分の人生から外れ、肉体の支配者からも外れて生きているのだ。過去が重くのしかかっている。「前科者!」と叫ぶ弟や、直接口を利いたことがない継母らは、彼の現在を過去ごとぶっ刺したままだ。生きながら死んでいる長作が感情を取り戻すときは来るのだろうか?

懲役人の告発 (1969年)

懲役人の告発 (1969年)

 現在において「前科」とは出来るだけ黙殺される過去であり、更生して社会復帰することが促されるようになっています(カタチ上は。また、性犯罪者に限っては異なるようですが)。前科という過去は完全に消されたわけではありませんが、服役により一度消化され、新たな人間として社会に出てきたはずです。
 しかし、当時(昭和44年)の刑務所の位置づけは異なるのでしょう、弟に「前科者!」と叫ばれるのですから・・・。痛々しさの突き上げは主人公を支配者の座から引き摺り下ろし、抜け殻となった彼は生きながら、死にました。

 彼をとりまく人間たちは、結局はただ一つのことを、その魂の底から求めていたのである。それは復活したいという欲望である。このただ一つの声は、頁をめくるに従い、次第に方々から響き始め、やがて大きな合唱となるのだ。(遠藤周作

 あの腹から出て来た子供は、もうこの人生から逆戻りはできないのだ、よしこの人生がくだらないものであるとわかっても。