川端康成「片腕」

 片腕を一晩お貸ししてもいいわ――。女の外された片腕を持った私は、もやの濃い夜の中を帰途についた。やさしくしたおかげで、腕は話をしてくれる。私は娘の腕をやわらかくなで、手を握った。円みのある肩、腕のつけ根。まげた肘の内側にできた光りのかげを、私は唇をあてて吸った。部屋の中で繰り広げられる、一人と「一本」との間での隠微な行為。

片腕―川端康成短篇集 (1965年)

片腕―川端康成短篇集 (1965年)

 川端康成=「伊豆の踊り子」=静かで穏やかで・・・そうした教科書的イメージを粉砕する作品です。
 冒頭2行の脅威で掴んで、一気に話を持っていく力がすごい。芯の通った変態の持続によって、ストーリーになぜか不思議を感じなくなってしまいます。主人公の対象は「母体」から腕へと移り、腕から「母体」についての話を聞き、そもそもの望みは「母体」だったのか腕だったのか分からなくなり・・・。腕を構成する単語の使用が、様々なイメージの詰まった文章に耽美&ダークな感じを加えます。

 「片腕を一晩お貸ししてもいいわ。」と娘は言った。そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って私の膝においた。

川端康成集 片腕―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫)

川端康成集 片腕―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫)