木山捷平「耳学問」
私は耳学問であるがいくつかのロシヤ語を知っている。オイ。コラ。馬鹿野郎。日本人。陰部。交接。これらの他に「ヤー、ニエ、オーチエン、ズダローフ」=「私は病気である」も棒暗記した。それでも八月十二日、私は現地招集というやつを受け、バクダンをもって戦車に飛び込む練習をさせられたりした。私はあとからあとから溜息が出た。そして、私はまだ日本に帰れない。
- 作者: 木山捷平
- 出版社/メーカー: 旺文社
- 発売日: 1977/01
- メディア: 文庫
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けれども決して投げ出したわけでも、諦めたわけでもないようであり、デタラメな軍部に振り回され続けたあげくに獲得してしまった、運命に従順な諦観なのかもしれません。何が起こっても驚かないし、何をやっても(ロシア語を覚えても)無駄だし、結局誰がやっても変わらないよ、という「政治離れ」していく意識をも感じました。まるで飼いならされて従順になったライオンです。
格別のこともないといってもいいが、やはりこの作者のもち味を生かしたオットリした小説である。(略)昨今のかまびすしい日ソ交渉のニューズのなかにこのささやかな作品をすえてみると、その周囲だけ空気が静かにすんできて、ああ、これが小説作品なんだな、と改めて読者も納得せざるを得ないだろう。(平野謙)