能島廉「競輪必勝法」

 私は東大を卒業後、出版社に就職し、従兄弟の良雄は競輪選手になった。私も彼も将来を嘱望されていたのだが、3年、4年と経った頃、良雄は稼ぎを酒につぎ込むようになり、私も仕事を休んで競輪へ出かける日が多くなっていた。良雄は酒を飲まなければ、まだA級の力が出る、という。私も競輪さえしなければ、まだA級社員である、と思う。だが、私も良雄も変われない。

 残念ながら(?)これは競輪必勝法を語るエッセイではなく、小説です。競輪にハマって抜けられなくなって全財産をつぎ込む主人公、実力はあるのに酒に溺れて落ちぶれていく競輪選手、この鏡のような二人に、それぞれの女の問題もからめた人生転落物語。
 主人公も良雄も中毒症状にかかっているといえます。抜け出すキッカケはたくさんあるのですが、それらのすべてを逃しまくり。周囲の人間を不幸にしますが、けれども「しかたがないじゃないか」というのです。この堕落、退廃。その先にあるのは、愛か、死か。中盤以降はノンストップ、すごく勢いのある作品です。

 考えてみれば、競輪は孤独なものだ。(略)その歓喜も悲しみも、外からは、うかがうべくもなかった。それは、あくまで、自分一人のものなのである。

 おれは、酒が好きだよ。だがね、おれが飲んだくれてるのは、好きばかりじゃ、ない。飲んで、酒で殺さなくちゃならない、どうにもやりきれない塊みたいなものが、胸の中にあるんだ。競輪選手のおれが、いやなんだ。競輪選手のおれが、競輪選手を、あんなものと、馬鹿にしている。実際、まともな男は一人もいない。その競輪選手の一人なのだ、おれは。