織田作之助「世相」

 妻には私が書くデカダンでエロチックな小説は嫌われているが、それでも稼ぎが多ければ認められることだろう。思い出の中にも、そこいらにも小説のネタは転がっている。だが、それを書く私のスタイルが昔のままなのだ。変わらなければならない。激変した大阪の世相を反映した新しいスタイルの小説を求めて――。今日も私は、大阪を歩く。

世相・競馬 (講談社文芸文庫)

世相・競馬 (講談社文芸文庫)

 織田作之助には「夫婦善哉」のイメージがありますが、彼をそれのみで判断するのは、不幸というもの。「世相」こそは、私にとってダントツのベスト・オブ・オダサクです。
 小説家として悩む「私」と、大阪人として過ごす「私」が、絶妙のタイミングで交錯します。思い出のうちに、いくつもの小爆発を挟みながら、読者をグイグイ引っ張り続けます。「私」が持つ、従来の人情路線から脱皮しようとする向上心と、書こう書こうというハイエナ的野心が魅力的。そして最後の最後に発せられる、大人のセリフに感心します。どこまでもクールで、とてもいい!!!

 デカダンスの作家ときめられたからとて、慌てて時代の風潮に迎合するというのも、思えば醜体だ。不良少年はお前だと言われるともはやますます不良になって、何だいと尻を捲くるのがせめてもの自尊心だ。闇に葬るなら葬れと、私は破れかぶれの気持で書き続けて行った。



 話術の巧みさをも一段とみがきがかかってきたばかりでなく、作者の全精神、全能力が傾注されていて「今日の世相が俺の昔の小説の真似をしているのだ」という不逞な自負もあながちハッタリの言とはきこえないほど、敗戦直後の混乱した世相のなかに過去の思い出を蘇らせつつ、現在の世相とまともに対決し、また自らの文学的体験と夢とを集大成してみせた作品である。(中略)「世相」は今日なお、戦後文学の一代表作たる資格を失っていないと思われる。(佐々木基一

 「どうしてた。大阪駅で寝ていたのか。浮浪者の中にはいっていたのか」とはじめて訊くと、案の定へえとうなだれた。
 「顔どうしたんだ」
 「出入をやりましてん」左の眼を押えて、ふと凄く口を歪めて笑った。大きく笑うと痛いのであろう。
 「出入って、博徒の仲間にはいったのか、女出入か、縄張りか」
 それならまだしも浮浪者より気が利いていると思ったが、
 「闇屋の天婦羅屋イはいって食べたら、金が足らんちゅうて、袋叩きに会いましてん。なんし、向うは十人位で……」
 「ふーん。ひどいことをしやがるな。――おい、餅が焼けた。食べろ」
 「へえ。おおけに」
 熱い餅を掌の上へ転がしながら、横堀は破れたズボンの上へポロポロ涙を落した。ズボンの膝は血で汚れていた。横堀は背中をまるめたままガツガツと食べはじめた。醜くはれ上った顔は何か狂暴めいていた。
 私はそんな横堀の様子にふっと胸が温まったが、じっと見つめているうちに、ふと気がつけば私の眼はもうギラギラ残酷めいていた。横堀の浮浪生活を一篇の小説にまとめ上げようとする作家意識が頭をもたげていたのだ。哀れな旧友をモデルにしようとしている残酷さは、ふといやらしかったが。しかしやがて横堀がポツリポツリ語りだした話を聴いているうちに、私の頭の中には次第に一つの小説が作りあげられて行った。