織田作之助

織田作之助「訪問客」

タバコがなければ一行も書けない十吉のために、君代は今日も煙草を持ってきてくれる。ところが、十吉は女房気取りな君代がうとましい。周囲は「あの娘さんを貰ってあげたらどうです」というが、十吉は煙草を吹かしながら、君代のような女を女房にするのは、…

織田作之助「鬼」

流行作家の彼はいくら溜め込んでいるかと軽蔑されていたが、私のところに金の相談に来た。「何を買っているんだ?」「煙草だ。一日7,80本は確実で、100本を超える日もある」。減らせと言っても、けちけち吸うと気がつまり、仕事に影響が出るのだという――全…

織田作之助「アド・バルーン」

七つの年までざっと数えて六度か七度、預けられた里をまるで付箋つきの葉書みたいに移って来たことだけはたしかで、放浪のならわしはその時もう幼い私の体にしみついていたと言えましょう。だから私は、大阪から東京への道を、徒歩で歩くことを考えついたの…

織田作之助「神経」

戦争がはじまると、殺されたあの娘が通っていた「花屋」も「千日堂」も、私が通っていた「波屋」も、大阪劇場も常盤座も弥生座も焼けてしまった。だが、戦後、人々は帰ってくる。焼跡を掘り出して店を構える準備をしている。私は彼らのことを復興の象徴とし…

織田作之助「道なき道」

日本一のヴァイオリン弾きになれ!幼い頃から父に厳しく育てられた壽子は、青白くやせ細りながらも、生来の負けん気で泣いて頼むこともなく、戦っていた。その日は早くお祭りに行きたいと願っていたが、父は太鼓の音がうるさいからと窓を閉め、うだる暑さの…

織田作之助「勝負師」

ちょうど1ヶ月前、私はある文芸雑誌に、静かな余生を送っている坂田三吉の古傷に触れるようなことを書いた。だが、私は今また彼のことを書こうとしている。それは人生で最も大事な勝負において常識外れの、前代未聞のを指し、そして敗れた坂田の中に、私は私…

織田作之助「ニコ狆先生」

私はこのたび感ずるところあってニコ狆先生の門弟となった。ニコ狆先生またの名を狆クシャといい、甲賀流忍術の達人である。先生の顔は犬の狆がクシャミをするときによく似ている。先生の妙齢のご令嬢、美しい、美し過ぎる千代子さんとは、トンビと鷹の親子…

織田作之助「世相」

妻には私が書くデカダンでエロチックな小説は嫌われているが、それでも稼ぎが多ければ認められることだろう。思い出の中にも、そこいらにも小説のネタは転がっている。だが、それを書く私のスタイルが昔のままなのだ。変わらなければならない。激変した大阪…

織田作之助「競馬」

亡き妻に愛人があったのは気づいていたが、証拠を発見して激しく嫉妬する実直な男・寺田。その相手は、この競馬場にいる!ひしと客席を睨んでみるが、競馬の味を知ることが早く、周囲も呆れる賭け方をする。会社の金も使い込み、その様子はまるで狂ったかの…

織田作之助「髪」

丸刈りが当然とされるた戦中のあの時代を、私は長髪で通しきったのである。権威を嫌うあまりルールを破りとおし、髪を守るために退学の道をさえ選んだのだった。つまりこの長髪には、ささやかながら私の青春の想出が秘められているのだ。男にも髪の歴史とい…

織田作之助「六白金星」

楢雄は生れつき頭が悪く、要領が悪く、秀才といわれる兄とは違って、母親の期待をことごとく裏切ってばかりであった。そんな楢雄も落第を機にとうとう家を出たが、気が気でならない母は楢雄の行為にことごとく口を出す・・・。嫌い合っているわけじゃないの…