織田作之助「アド・バルーン」

 七つの年までざっと数えて六度か七度、預けられた里をまるで付箋つきの葉書みたいに移って来たことだけはたしかで、放浪のならわしはその時もう幼い私の体にしみついていたと言えましょう。だから私は、大阪から東京への道を、徒歩で歩くことを考えついたのかもしれません。子供の頃の思い出として残るのは、大阪の夜の露天のまぶしさと、身投げを考えていた夜に出会った浮浪者のこと・・・。


 子供のころに見た露天風景が描かれる場面があるのですが、たくさんのたくさんの店の種類の名前を連ねて描写されるシーンには、口をぽか〜んと開けたまま母の手に引かれて歩く子供の姿が目に浮かび、それはそれは圧巻です。
 ストーリーは、ラスト近くに驚愕の場面が待っています。そして、加速度を増して一気にクライマックスへと向います。切れた凧ならぬ切れたアド・バルーンはどういうわけかエンジンを有していて、すっ飛びます。この突き抜けたスピード感は、オダサクの面目躍如。