太宰治「満願」

 これは、いまから、四年まえの話である。私が伊豆で一夏を暮し、ロマネスクという小説を書いていたころの話である。泥酔して怪我をした私を治療しに現れた、泥酔したお医者さん。おかしさに笑いあった二人は以来仲良しになったのである。お医者さんのお宅にほとんど毎日立ち寄っていた私は、通院する清楚な感じの若い女の人を見かけたのだった。

富嶽百景・走れメロス 他八篇 (岩波文庫)

富嶽百景・走れメロス 他八篇 (岩波文庫)

 とても短くまとまった話の中に、いくつかの感情がさりげなく書き込められています。斜に構えた最後の段落から、いろんな見方が得られそうです。太宰治の小説はいつもたくさんの罠が仕掛けてあるのですが、ここは深読みせずに、そのまま過去を慈しむ気持ちと美しさを感じればいいのではないかと思いました。
 さまざまな願いが集約された「くるくるっ」はとても絵画的、映画的な好場面であり、映画「橋の上の貴婦人」その他、いろいろなイメージが浮かびました。