田中英光「桑名古庵」

 桑名古庵は、土佐における最初のヤソ教信者とされているが、この情報はだいぶ怪しい。むしろ彼の生涯の方に封建社会の犠牲者としてのはっきりした栄誉があると思う。白髪が増えてゆく母、一人立ちして医者になる古庵、それぞれに生きる兄弟たち、そしてキリシタン迫害の苛烈な取り調べ・・・そういった事柄を、いくらか創作的に書いてみたい。

 「桑名古庵」という実在の人物の生涯を、歴史に残る殉教者としてではなく、時代の犠牲者として語る年代記風の作品です。
 幼い古庵が大人になり、そして獄中で没するまでの数十年の出来事が、テンポよく語られます。95%はスピード感のある突き放した文体ですが、最後の5%部分に見事な「小説」が描かれています。このチェンジ・オブ・ペースは抜群に格好よく、そこへ向かわせるための手管に感激。