井伏鱒二「黒い雨」
ここ数年、姪の結婚話がうまくいかなかったのは、彼女が原爆病患者であるという噂が邪魔しているからである。彼女を広島に呼び寄せた責任もあり、重松は心に重荷を感じ続けてきた。それでも今回は上手くいきそうである。昭和二十年の日記を書き写し、仲人に送ることにより、原爆病ではないことを納得させることが出来さえすれば・・・。
- 作者: 井伏鱒二
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1970/06/25
- メディア: 文庫
- 購入: 5人 クリック: 68回
- この商品を含むブログ (85件) を見る
同情と哀悼の「今」を過ぎ去ると、それは次第に「過去」になります。激情の大きさと比例して、人間の本能はそれを忘れよう忘れようとし、そうして記憶の中に封印します。人間を含む動物は本来今・現在に生きる者であるため、決して薄情さを表すものではありません。数百の死体を目の当たりにしても、市民は次第に普段の生活に帰っていきます。その中で「過去」の印を引きずった者には辛い未来が訪れ、当時、それは差別という形をともないました。
この小説は勿論痛烈な戦争呪詛である。然し面と向って反戦を喚き立てるのではなく、黙々と戦争に「協力」しながらその犠牲になっている民衆に対する無言のいたわりから出来ている。だからそこに真実の戦争への抵抗が生まれるのだ。(河上徹太郎「『黒い雨』について」)
- 出版社/メーカー: 東北新社
- 発売日: 2004/07/23
- メディア: DVD
- クリック: 36回
- この商品を含むブログ (26件) を見る